
2050年のカーボンニュートラル(CN)達成に向けて、日本のエネルギーシステムは今、大きな転換期を迎えています。 これまでは大規模な発電所が電気を作り、一方的に需要家に届けるのが当たり前でしたが、これからは需要家側にある蓄電池や電気自動車(EV)などが「発電所」のような役割を果たす時代がやってきます。
今回は、その鍵を握る**バーチャルパワープラント(VPP:仮想発電所)と、それを活用したエネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス(ERAB)**について、基礎から技術的な深掘り、そして客観的な価値評価まで多角的に解説します。
基礎編:VPPとERABの全体像
1. 「バーチャルパワープラント(VPP)」って何?
VPPとは、日本語で「仮想発電所」を意味します。
物理的な巨大な発電所を作るのではなく、各地に点在する太陽光パネル、蓄電池、電気自動車、家庭用機器などの**分散型エネルギーリソース(DER)**を、IoT(モノのインターネット)技術を使って遠隔で統合制御する仕組みのことです。
これらをまとめて制御することで、あたかも一つの発電所のように機能させ、電力系統に「供給力」や「調整力」を提供します。
2. ERAB(エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス)とは
このVPPなどの技術を活用して、一般送配電事業者や小売電気事業者、需要家に対して「調整力」や「インバランス回避」などのサービスを提供する事業を、**エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス(ERAB)**と呼びます。
このビジネスには、主に以下の二つのプレイヤーが登場します。
- リソースアグリゲーター(RA): 需要家と直接契約し、リソース(蓄電池など)を実際に制御する事業者。
- アグリゲーションコーディネーター(AC): 複数のRAが制御した電力量をまとめ、電力市場や一般送配電事業者と直接取引を行う事業者。
下のマインドマップは、このERABを起点に全体像を俯瞰したものです。主要概念と定義、ビジネスモデルと役割、ガイドラインと評価基準、そして普及に向けた課題と展望まで — 本記事ではこれらの要素を基礎編・深掘り編の順で解きほぐしていきます。

まずはマインドマップの左上、「主要概念と定義」にあるディマンドリスポンス(DR)とエネルギーリソースについて見ていきましょう。
3. 電気の「賢い使い方」を変えるディマンドリスポンス(DR)
ERABの主要な手法の一つが、需要家側の電力量を制御する**ディマンドリスポンス(DR)**です。これには大きく分けて二つのパターンがあります。
- 下げDR(需要抑制型): 夏や冬の電力需給がひっ迫した際に、電気の使用を抑えたり蓄電池から放電したりすること。節電した分の価値を売る「ネガワット取引」としても知られています。
- 上げDR(需要創出型): 太陽光発電が余りそうな時に、蓄電池を充電したり機器を動かしたりして、あえて消費を増やすこと。再エネを無駄なく使うために重要です。
4. なぜ今、VPPやERABが必要なの?
背景には、脱炭素化に伴う**「再エネの主力電源化」と「火力発電の減少」**があります。
太陽光などの再エネは天候によって出力が変動するため、系統の安定を保つための「柔軟性(フレキシビリティ)」が不足しがちです。
かつてはこの役割を火力発電が担ってきましたが、環境負荷を減らすために火力が減っていく中、需要家側のリソースを賢く使うVPPがその代替手段として期待されているのです。
5. 2040年に向けた展望
試算によると、2040年度には再エネの導入がさらに進み、日中には最大約120GWもの供給余剰が発生する可能性があります。この膨大な余剰を吸収し、安定供給を維持するためには、**現在の約40倍、100GW以上の新たな需要創出(上げDR)**などが必要になると言われています。
今後は家庭用の蓄電池やEVだけでなく、データセンターの需要シフトや水電解装置による水素製造など、新しいリソースの活用も視野に入っています。
ここまでで、冒頭のマインドマップにおける**「主要概念と定義」と「ビジネスモデルと役割」、そして「普及に向けた課題と展望」**の概要をカバーしました。しかし、「VPPは本当に役に立つのか?」「単なる流行り言葉ではないか?」という疑問を持つ方も多いでしょう。
ここからは、マインドマップ右下の**「ガイドラインと評価基準」**の詳細も含め、その技術的な仕組みから普及に向けたシビアな課題までを客観的に掘り下げていきます。
深掘り編:VPPの「技術」と「真の価値」
6. VPPとERABを読み解く「多角的な切り口」
基礎編ではVPPの概要を紹介しましたが、実はVPPは単なる節電の仕組みではなく、その役割によって以下の**2つの側面(エンティティ)**に分けて捉えることができます。
- 技術的VPP(TVPP): 地域の系統運用を助ける側面です。電圧制御や系統の安定化、停電回避のためのサービス(アンシラリーサービス)を提供します。
- 商業的VPP(CVPP): 経済的な価値を最大化する側面です。電力を束ねて卸電力市場で取引したり、需要家との契約を管理したりします。
また、制御パターンも基礎編で触れた「下げDR」「上げDR」だけでなく、蓄電池から系統へ電気を戻す**「逆潮流」**など、多様な方法で系統のバランスをとっています。TVPPとCVPPの両面を意識しながら、これらの制御手段を最適に組み合わせることが、VPPの実力を引き出す鍵になります。
7. ビジネス開始に「必要な用意」:ルールと契約
マインドマップの**「ガイドラインと評価基準」**に対応するパートです。ERABを適正に運営するためには、高度な実務的準備が欠かせません。資源エネルギー庁のガイドラインでは、以下のルールが厳格に定められています。
- 評価基準(ベースライン): 「もしDRを行わなかったら、どのくらい電気を使っていたか」という推計値(ベースライン)を設定し、それとの差分で報酬を計算します。この基準の精度がビジネスの信頼性を左右するため、設定ルールが細かく規定されています。
- ネガワット調整金: アグリゲーターが他社の需要家を節電させた場合、その需要家の小売電気事業者は「売るはずだった電気」の調達費用を回収できなくなります。この費用を調整するためにアグリゲーターから小売事業者へ支払われるのが「調整金」です。
- 標準プロトコルの遵守: 多様な機器を統合するために、IEEE 1547などの国際標準や、国内の「DRready(DR対応)」要件に沿った機器・システムの準備が進められています。
こうしたルール整備は「参入障壁」にも見えますが、むしろ市場の公正性と信頼性を担保するための必要条件であり、ビジネスの持続可能性を支える基盤です。
8. VPPを支える「技術」の正体
基礎編でIoTによる遠隔制御に触れましたが、VPPが「一つの発電所」として機能するためには、その裏側で以下の高度なデジタルインフラが動いています。
- EMS(エネルギーマネジメントシステム): VPPの「脳」にあたります。気象予測、需要予測、市場価格をリアルタイムで分析し、最適な充放電スケジュールを立てます。
- DERMS(分散型リソース管理システム): 多数の太陽光や蓄電池、EVなどの情報を集約し、系統運用をサポートするソフトウェアプラットフォームです。IEC 61850などの国際標準に準拠した情報モデルにより、異なるメーカーの機器でも統一的に管理できる仕組みが整えられています。
- 高度な最適化アルゴリズム: 不確実な再エネの出力を補いながら、利益を最大化(またはコストを最小化)するための複雑な計算が裏側で動いています。二段階スケジューリングや確率的ロバスト最適化(EPSO等)といった手法が研究・実装されており、「予測のブレ」に対する耐性を持たせた運用が可能になりつつあります。
9. 客観的な分析:VPPは本当に価値があるのか?
ここで、ポジショントーク(利害関係者による一方的な宣伝)を排した客観的なデータを見てみましょう。
なぜ「必要」と言い切れるのか?
基礎編(セクション5)で触れた2040年度の日本を想定した試算を、もう少し具体的に見てみます。
- 夕方の供給不足: 火力発電の減少により、夏季の夕方以降に**約26GW(大型発電所20基分以上)**の新たな供給力が不足する見込みです。
- 日中の供給余剰: 太陽光の拡大により、日中に最大約120GWの電力が余ります。これを有効活用するには、現在の40倍近い**100GW以上の需要創出(上げDR)**が必要です。
これだけの規模の変動を従来の「大型発電所の建設」だけで賄うのは、コストと時間の面で現実的ではありません。VPPは、この構造的な課題に対する数少ない現実解の一つなのです。
一方で、どのような「壁」があるのか?
- リソース不足: 現状のVPP活用量は約2.5GWに過ぎず、将来の必要量に対して圧倒的に足りていません。
- 経済性の難しさ: 蓄電池を頻繁に充放電させると、電池の寿命(劣化コスト)がかさみ、期待したほどの利益が出ないというリスクもあります。DERのポートフォリオ(資産組成)を計画段階からいかに最適化するかが、ビジネスの成否を分けます。
- 予測の難しさ: 天候に左右される再エネや、気まぐれな需要家の行動を100%予測することは不可能であり、常にインバランス(計画外の乖離)のリスクが伴います。
まとめ:参加型エネルギー社会への挑戦
VPPは「魔法の杖」ではありません。「膨大な初期投資が必要なハードウェア(蓄電池など)」と「複雑な市場ルール」、そして**「高度なIT制御」**のすべてが揃って初めて価値を発揮する、難易度の高いインフラ事業です。
しかし、土地や系統容量の制約で大規模発電所の新設が難しくなる中、私たちが持つリソースを賢くつなぐVPPは、「系統を安定させつつ、再エネを無駄にしない」ための唯一の現実的な選択肢になりつつあります。
単なる「流行」としてではなく、将来の電力システムを支える「インフラの民主化」として、このビジネスの動向に注目し続ける必要があります。
参考文献
レビュー・俯瞰
- Rouzbahani, H.M. et al. (2021) "A review on virtual power plant for energy management," Sustainable Energy Technologies and Assessments. リンク
- Ullah, M.H. et al. "Comprehensive review of VPPs planning, operation and scheduling," Semantic Scholar. PDF
- Othman, M.M. et al. "A Review of Virtual Power Plant Definitions, Components, Framework and Optimization," ResearchGate. リンク
最適化・スケジューリング
- Qiu, J. et al. (2017) "Optimal scheduling of distributed energy resources as a virtual power plant," IET Generation, Transmission & Distribution. リンク
- Baringo, L. et al. (2021) "Holistic planning of a virtual power plant with a nonconvex optimization," International Journal of Electrical Power & Energy Systems. リンク
- Baringo, L. et al. (2023) "Robust virtual power plant investment planning," Energy Strategy Reviews. リンク
- Sun, G. et al. (2019) "Stochastic Adaptive Robust Dispatch for Virtual Power Plants," Energies (MDPI). リンク
- Liu, Z. et al. (2024) "Optimal aggregation of a virtual power plant based on competitive distribution-level market," Applied Energy. リンク
- Choi, D.G. et al. (2025) "Are better combinations of DERs more profitable?" Applied Energy. リンク
相互運用・標準
- IEC 61850-7-420:2021 — DERの情報モデル標準. IEC Webstore
- Energinet "Specification of IEC 61850 Information Exchange between Entities". PDF
- Sun, L. et al. (2024) "Virtual power plant for monitoring of distributed energy resources," Energy Reports. リンク
制度・市場設計(海外)
- FERC Order No. 2222 — DERアグリゲーションの卸市場参加に関する規則. FERC公式解説
- NREL (2025) "Virtual Power Plants and Distributed Energy Resource Aggregation — A Primer on FERC 2222". PDF
- EPRI (2023) "How the industry can prepare for FERC Order 2222 and DER participation". リンク
日本の制度・実証
- 経済産業省(MRI報告)(2021)「分散型エネルギーリソースを活用したアグリゲーションビジネスに関する調査」. PDF
- 経済産業省 (2025)「ERABガイドライン(改定版)」. PDF
- 経済産業省 (2025)「ERABガイドライン改定の方向性(審議会資料)」. PDF
- 環境共創イニシアチブ (SII)「VPP構築実証事業 成果報告」ポータル. リンク
- 東北電力 VPP実証(B事業)成果報告書 (2020). PDF
- OCCTO(電力広域的運営推進機関)「調整力及び需給バランス評価等に関する委員会 定義集」. PDF
国際ワーキンググループ
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